2008-05-10
夢の中では字が読めない。
松本の想像力について考えた。
お芝居をしているとき、舞台を観たとき、映画を観たとき、本を読んだとき、
どこかへ行ったとき、誰かと会ったとき・・・・
なんとなく引っかかる・・なんかしっくりきてないような・・・
それはものすごく小さなサインで
大概はだいぶ後々になって、なにかのきっかけで、
そういえばあの時なんか気になった気がするわ〜となる。
それを“事前にちゃんと立ち止まり、疑問に思うこと”が必要だということにたどり着きました。
さて、どうする?
それは、松本の頭の中が、自分でクリアーに見えていないこと、
ちゃんと整理されていない、自分で会得出来ていない情報が
無造作に散らかしてあるせいではないか?
それは、「夢の中では字が読めない。」ということに似ているように思います。
松本は、夢の中でテストを受けている・・・という設定の夢を見ても
では実際その問題を解こう!と問題を読もうといた時、
どうしてもピントが合わなくて字が読めない。
たとえば、「見ず知らずの人」が夢に出てきた時、
「見ず知らず」という設定は分かっていて、夢の中ではその人と何度も顔を合わすのに、
では実際夢から覚めて「その人の顔は?」と思ってもはっきりしない。
それは、松本の脳がそこまで想像(あるいは、創造)しきれていない結果ではないのでしょうか?
要するに、松本の想像力には“鮮明さが足りない”という結論に達しました。
その鮮明さがあればきっと、脳が感じた小さな疑問にも自ら気づいて立ち止まることが
できるのでは・・・
じゃあどうする?
じゃあ・・
どうしよう?
それはまた今度(笑)
お芝居をしているとき、舞台を観たとき、映画を観たとき、本を読んだとき、
どこかへ行ったとき、誰かと会ったとき・・・・
なんとなく引っかかる・・なんかしっくりきてないような・・・
それはものすごく小さなサインで
大概はだいぶ後々になって、なにかのきっかけで、
そういえばあの時なんか気になった気がするわ〜となる。
それを“事前にちゃんと立ち止まり、疑問に思うこと”が必要だということにたどり着きました。
さて、どうする?
それは、松本の頭の中が、自分でクリアーに見えていないこと、
ちゃんと整理されていない、自分で会得出来ていない情報が
無造作に散らかしてあるせいではないか?
それは、「夢の中では字が読めない。」ということに似ているように思います。
松本は、夢の中でテストを受けている・・・という設定の夢を見ても
では実際その問題を解こう!と問題を読もうといた時、
どうしてもピントが合わなくて字が読めない。
たとえば、「見ず知らずの人」が夢に出てきた時、
「見ず知らず」という設定は分かっていて、夢の中ではその人と何度も顔を合わすのに、
では実際夢から覚めて「その人の顔は?」と思ってもはっきりしない。
それは、松本の脳がそこまで想像(あるいは、創造)しきれていない結果ではないのでしょうか?
要するに、松本の想像力には“鮮明さが足りない”という結論に達しました。
その鮮明さがあればきっと、脳が感じた小さな疑問にも自ら気づいて立ち止まることが
できるのでは・・・
じゃあどうする?
じゃあ・・
どうしよう?
それはまた今度(笑)

